シリーズ企画展示「先生の推し本」第11回

「先生方のおすすめの本を知りたい!」という多くの学生の皆さんからのリクエストにお応えし、シリーズ企画展示「先生の推し本」としてお茶大の先生方おすすめの本を紹介しています。

先生方には、次の3つのテーマから1つ選択して、推薦いただきました。
  ① 専門からの推薦図書(専門領域の基本文献、その分野に進まれるきっかけとなった図書など)
  ② 個人的な興味・関心からの推薦図書
  (読後の印象がよかったもの、思い出に残っているもの、趣味・個人的関心に関係する図書など)
  ③ お茶大生に読んでほしい本(専門にかかわらず、大学生にぜひ読んでほしい推薦図書)

推薦いただいた本のリストと先生方からのコメントは、こちらのページで見ることができるほか、図書館1階スカイグローバルラーニングコモンズには実物を展示しています。

展示している本は、手に取ってご利用になれるほか、貸出も可能です(一部貸出不可のものもあります)。
ご来館の際はぜひお立ち寄りください。

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第11回 井上登喜子先生(文教育学部芸術・表現行動学科) 2024年6月14日~9月20日

 テーマ わたしを動かした本  <テーマ選択①②>

これまでの人生で、自分の進む方向を考えるにあたって、影響を受けた本を集めてみました。題して、「わたしを動かした本」。こうして振り返ってみると、偶々の本との出会いが、人に大きな影響を与えるのだなと思います。皆さんもそんな本と出会えますように!

inoue_photoお茶の水女子大学附属高等学校卒業。
お茶の水女子大学文教育学部舞踊教育学科音楽教育学専攻卒業。お茶の水女子大学大学院修士課程修了、2002年同博士後期課程修了、博士(人文科学)。
お茶の水女子大学人間文化研究科助手、東邦音楽大学の准教授などを経て、2014年よりお茶の水女子大学基幹研究院人文科学系助教、2018年同准教授、2024年より同教授。
専門は音楽学(音楽文化史、洋楽受容研究、実証音楽学)。
一般社団法人 作楽会(附属高等学校同窓会)理事。

井上先生の推し本 一覧(2024/6/14更新)
 PDFでの一覧はこちらです

書名 / 著者等.
(出版社, 刊行年月. シリーズ名)
配架場所
請求記号
先生からのコメント
音楽と音楽家 / シューマン著 ; 吉田秀和訳 (岩波書店, 1958. 岩波文庫) 図書館文庫・新書
760.4/Sc8
*「思考する音楽家」との出会い*
音楽は「感性」と結びつけて語られがちですが、音楽家は「思考する」人でもある、ということに出会った本。19世紀ドイツ・ロマン派を代表する作曲家ローベルト・シューマンの批評の選集です。シューマンは作曲家であるとともに優れた音楽評論家でもありました。20代でみずからの雑誌を創刊し、鋭い筆の力で音楽の新時代を切り拓こうとした人物です。
〜この本との出会いは中学生の頃。物心つく前から「ピアノのお稽古」が生活の中心にある子供時代を過ごしていた私が、「ひたすらな指の練習」や、「心を込めて弾きなさい!」と言うようなピアノ教師の常套句に疑念を抱き始めた頃、私の恩師がこの本を薦めてくれました。それ以来、シューマンの音楽作品にも文筆活動にも強く惹かれるようになりました。
シューマニアーナ / 前田昭雄著 (春秋社, 1983) 図書館オープン書庫(一般図書)
762.3/Ma26
*音楽学との出会い*
音楽作品の研究が、精緻な資料研究と音楽構造の分析に基づく、実証的なものであることに気付かされた本。ヨーロッパで音楽学者として活躍し、『新シューマン全集』の編集主幹を務めた前田昭雄氏の著書は、ヨーロッパの伝統的音楽学(作曲家・作品研究)の最前線を日本語読者に伝える画期的なものでした。
〜高校から大学にかけて、バッハ、ベートーヴェン、そしてロマン派のピアノ曲を熱心に練習し、ドイツ歌曲のピアノ伴奏もよくやりました。弾く曲をよく知ろうと楽曲解説などを乱読しても、どれもあまりピンとくるものがなく、それならばと、みようみまねで自分で分析するのが日課となりました。そんな時に、前田氏のシューマン研究を読んで、音楽学研究とはこういうものかと感銘を受けました。
民族音楽学理論 / 徳丸吉彦著 (放送大学教育振興会, 1996. 放送大学教材) 図書館オープン書庫(放送大学)
762H//1996
*人間と音楽の関係を考える*
大学の恩師、徳丸吉彦先生の著書。「音楽学」が西洋の「特定の音楽」の歴史的研究だけを指してきたことを批判し、音楽も音楽についての考え方も多様であること、音楽を世界の人間の活動という広い地平に置いて考える重要性を説いています。学部時代に受けた徳丸先生の講義は、当時、西洋音楽をベースにものごとを考えていた私の思考を大きく揺さぶるものでした。次第に、音楽を「作品」としてでなく「人間の活動」として捉える民族音楽学や音楽社会学の考え方に傾倒していきました。
聴衆の誕生 : ポスト・モダン時代の音楽文化 / 渡辺裕著 (春秋社, 1989) 図書館オープン書庫(一般図書)
760.1/W46
*音楽を文化的・社会的コンテクストごと捉える*
学生時代に夢中になって読んだ本と言えば、渡辺裕氏の著書です。世の中の音楽学者が扱ってこなかった事象をその文化的・社会的コンテクストごと取り上げて、人々と音楽のアクチュアルな関係を鮮やかに描き出す手法に心躍りました。音楽学の固定観念を覆すもので、この学問にはさまざまな可能性があるんだなとワクワクしたものです。
[a] ハーメルンの笛吹き男 : 伝説とその世界 / 阿部謹也著
(平凡社, 1974.10), (筑摩書房, 1988. ちくま文庫)
図書館オープン書庫(一般図書)
388/A12
[b] 青きドナウの乱痴気 : ウィーン1848年 / 良知力著 (平凡社, 1985) 図書館オープン書庫(一般図書)
234.6/R11
[b] 青きドナウの乱痴気 : ウィーン1848年 / 良知力著
(平凡社, 1993. 平凡社ライブラリー )
電子ブック
[c] ドイツ教養市民層の歴史 / 野田宣雄 [著]
(講談社, 1997. 講談社学術文庫)
図書館文庫・新書
361.4/N92
*社会史との出会い*
音楽学者になろうと心に決めて大学院に進学したものの、「はて?私はどのフィールドで生きていこうか」と悩ましい日々が続きました。そんな時、歴史学を専攻する友人が熱烈に薦めてくれた2冊(aとb)です。伝統的な歴史学が扱ってこなかった領域に光を当てることで、社会の全体像を捉えようとする「社会史」のアプローチに出会い、「何て面白いんだろう。私もこういう研究がしたい!」と思いました。以後、アナール学派やドイツ市民層研究(cは一例)の本を読むことに没頭し、歴史学のゼミにも出入りしながら、「音楽の社会史」をテーマとする方策を練りました。いろいろ調べるうちに、作曲家シューマンのゆかりの都市ドレスデンの合唱協会について調査をすることに。西洋音楽史の表舞台には登場しない、無名のアマチュアの音楽的営みを19世紀ドイツの社会的、文化的脈絡から考察することが修士論文・博士論文に繋がりました。
音楽と中産階級 : 演奏会の社会史 / ウィリアム・ウェーバー著 ; 城戸朋子訳
(法政大学出版局, 1983. りぶらりあ選書)
図書館オープン書庫(一般図書)
760.1/W51
*演奏会の社会史*
「クラシック音楽」と呼ばれる作品は、単にそれらが偉大だからではなく、人びとの社会的、文化的営みのなかでそのように形成されてきたものである――W・ウェーバーの仕事は、近代ヨーロッパの諸都市の演奏会プログラム等の膨大な資料の検証から、そのことを描き出そうとするものです。大学院時代に「演奏会の社会史」を研究手法に取り入れるきっかけとなった本です。近年、彼の集大成とも言える『音楽テイストの大転換:ハイドンからブラームスまでの演奏会プログラム』が刊行されました。
ディスタンクシオン : 社会的判断力批判 / ピエール・ブルデュー [著] ; 石井洋二郎訳(新評論, 1989.2-1990.4 ) 図書館オープン書庫(一般図書)
361.6/B67/1-2
*「趣味」と「階級」の密接な関わり*
近代社会の演奏会文化を研究するうちに、芸術の「正典化」とヒエラルキー、音楽趣味と階層の問題に向き合うようになりました。その際に「道標(みちしるべ)」となったのが、フランスの社会学者ピエール・ブルデューの名著『ディスタンクシオン』です。家族の中で受け継がれる文化資本の多寡が格差を生み出す要因になるという「卓越化」の理論は、音楽文化の形成を考える上で大いに参考になりました。
[a] ヴィルヘルム・マイスターの修業時代 / ゲーテ作 ; 山崎章甫訳. 上-下
(岩波書店, 2000. 岩波文庫)
図書館文庫・新書
943/G56/1-3
[b] 朗読者 / ベルンハルト・シュリンク [著] ; 松永美穂訳
(新潮社, 2003. 新潮文庫)
図書館一般図書
943/Sc4
[b] Der Vorleser : Roman / Bernhard Schlink (Diogenes , 1997) 図書館一般図書
943/Sc4
[c] 日の名残り / カズオ・イシグロ著 ; 土屋政雄訳
(早川書房, 2001. ハヤカワepi文庫 )
図書館一般図書
933/I73
*物語から感受するもの*
研究書を読んで理解したつもりでも、「肌感覚」として分からないということはありませんか?私も「ドイツ人が<教養>や<教養市民層>をどう捉えていたかなんて、日本の私には真に理解できないのでは…」とモヤモヤしたものです。そんな時には小説を読みました。
[a]ゲーテの長編を読むのは一苦労でしたが、物語に所収の詩には馴染みがありました。ロマン派の名だたる作曲家が曲を付けていたからです。歌曲を道案内に読み進めるうちに、教養小説が当時人々の関心を集めた「ホットな」ジャンルだったことに思いを寄せられるようになりました。
[b]「朗読者 Der Vorleser」として本を読み聞かせる少年と、それを聞く文盲の女性ハンナの恋の物語から、一転して、ナチスの戦争犯罪と階級格差を考えさせる衝撃の展開が話題となりました。個人的には、物語に通底する「朗読=発話をともなって読む」という行為が、「教養」の来し方行く末を暗示するようで興味深く読みました。翻訳の素晴らしさにも感心した一冊。
[c]カズオ・イシグロの本を読むと、時代の移り変わりに翻弄される人々の「心性」に触れることができるような気がして、どれも好きです。『日の名残り』は、主人公の一人称の語りによって、物語全体が相対化されていくような感覚を覚えるところが、どこか、精緻に構成された器楽曲を聴くときの「時間性」とも似ています。考えてみると、私は、文体や文章からリズム(時間的側面)を感じる物語が好きなのかもしれません。
Music as thought : listening to the symphony in the age of Beethoven / Mark Evan Bonds (Princeton University Press, 2006) 図書館一般図書
761/B64
「聴くこと」の革命 : ベートーヴェン時代の耳は「交響曲」をどう聴いたか / マーク・エヴァン・ボンズ著 ; 近藤譲, 井上登喜子訳
(アルテスパブリッシング, 2015. 叢書ビブリオムジカ)
図書館本学教員著作
761.1/B64
*交響曲はなぜ偉大で崇高なのか?*
本書は、ベートーヴェンの作品解釈でも交響曲概論でもない、一風変わった音楽論です。1800年をまたぐ数十年間に、人々がそれまでとは違うやり方で音楽を聴き始めるようになった(器楽曲は思想を伝え、真理を告げ、理想の国家を表象する媒体となった)ことを、膨大な歴史資料から読み解いた、ベートーベンとその時代の美学史・社会史と言った方が良いかもしれません。美学上の革命と社会革命の時代、そしてナショナリズムの高揚が、ベートーヴェンの作品受容を促進していくようすを緻密に論じた良書です。作曲家の近藤譲先生との共訳。「聴く」という行為への関心から実現したこの仕事は、私にとって貴重な仕事となりました。
悲しみよこんにちは / サガン著 ; 河野万里子訳 (新潮社, 2009. 新潮文庫) 図書館一般図書
953/Sa15
青鞜 / 青鞜社 -- [複製版] (明治文献, [1968]-[1970]) 図書館雑誌書庫1~3(一般雑誌)
*フェミニズム、ジェンダー問題への目覚め*
私の少女時代のバイブルは『赤毛のアン』(モンゴメリ)・『若草物語』(オルコット)・『高慢と偏見』(ジェーン・オースティン)でしたが、高校進学を機に、それではいけないと思い、背伸びをしてシモーヌ・ド・ボーヴォワール『第二の性』やフランソワーズ・サガンの『悲しみよ こんにちは』、E・M・フォースターの『モーリス』などを読み、カルチャー・ショックを受けました。お茶高に入学後まもなく、先生が授業で『青踏』を取り上げたことも鮮明に覚えています。セクシュアリティ、フェミニズム、ジェンダー問題の洗礼を受けた「JK時代の幕開け」とも言える本たち。
フェミニン・エンディング : 音楽・ジェンダー・セクシュアリティ / スーザン・マクレアリ著 ; 女性と音楽研究フォーラム訳(新水社, 1997) 図書館リベラルアーツ資料(LA5)
760.1/Ma13
*音楽学とフェミニズム、ジェンダー研究*
私の学生時代は、米国を中心に音楽学のフェミニズム研究が盛んになってきた時期でした。せっかくお茶大に居るのだからと、仲間を誘って読書会を主宰し、スーザン・マクレアリの「カルメン」「マドンナ」の論考や、キャロリン・アバテの「オペラにおける声とナラティヴ」の研究などの新潮流を読みました。今日の音楽研究では、ジェンダーは分析観点のひとつとして定着しています。こうして振り返ると、学生時代に読んだ本が、その後の、教育や研究に向き合う姿勢にも影響を与えてきたように思います。
なぜ男女の賃金に格差があるのか : 女性の生き方の経済学 / クラウディア・ゴールディン著 ; 鹿田昌美訳 (慶應義塾大学出版会, 2023) 図書館一般図書
366.3/G61
*ジェンダー格差の構造を知る*
2023年のノーベル経済学賞を受賞したクラウディア・ゴールディン(米ハーバード大教授)の代表的な著作です。ゴールディン(経済史、労働経済学)は、米国の過去200年間の歴史統計から女性の就労や賃金の変遷を捉え、男女格差の要因を解明しています。私がゴールディンを知ったのは、実はこの本ではなく、セシリア・ラウズ(米経済諮問委員長)との共著論文が先でした。
Claudia Goldin; Cecilia Rouse, 2000, "Orchestrating Impartiality : The Impact of "Blind" Auditions on Female Musicians"(オーケストラの公平性:「ブラインド」オーディションが女性音楽家に与えた影響)AMERICAN ECONOMIC REVIEW. 90(4), 715-741.  この論文は、米国のオーケストラで「ブラインド・オーディション」が女性演奏者の採用を増やしたことを実証研究から明らかにし、根強く残る差別意識を指摘したもので、各分野に大きなインパクトを与えました。個人的には、オーケストラという組織がこうした分析対象に適していることに気づかされ、「音楽家のキャリアとジェンダー」の研究に取り組むきっかけとなりました。

井上先生(2024/6/14)
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展示の様子
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[ポスターはこちら]

過去のシリーズ企画展示

第1回 加藤美砂子先生 乱読のススメ
第2回 三浦徹先生   発見と行動
第3回 小谷眞男先生  わたしを ・ なした ・ 本たち(とカルタ)
第4回 松島のり子先生  原点――そこから、それから。
第5回 難波知子先生  読書嫌いの私が出会った本 〈小さいおうち〉から〈青春の終わり〉・〈お別れの始まり〉まで
第6回 浅本紀子先生  私の思い出本~大学入学してから節目の時にあった本たち~
第7回 赤松利恵先生  地球環境の視点から毎日の食生活を考える
第8回 浅田徹先生   自分の研究観を作ったのは、他の領域の本だった
第9回 福本まあや先生  ダンスを語ろう、身体を知ろう。
第10回  米田俊彦先生  辛口の本をぜひ。