新制大学へ 昭和21(1946)年~昭和27(1952)年
昭和21(1946)年 | 昭和22(1947)年 | 昭和23(1948)年 | 昭和24(1949)年 |
昭和25(1950)年 | 昭和26(1951)年 | 昭和27(1952)年 |
・・・この年の出来事 ・・・この年の卒業生数
昭和21(1946)年
GHQ、米国教育使節団報告書発表(戦後教育改革の基本方向を明示)。衆議院議員総選挙(婦人代議士39名当選)。女子大学連盟再編成。
教職員追放に関する勅令公布。大学婦人協会結成。第一回大学設立基準設定に関する協議会(のちに大学設立基準設定協議会と改称)。日本国憲法公布。
月日 | 本校 | 附属校園 |
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2月4日 | 本科二年生大山寮に入寮、集中授業開始。 | |
3月 | 東京特設中等教員養成所の六回生、疎開先で修了。 | |
4月 | 文化活動・寮生活開始、如蘭会も活動再開。家政科の教師が輪番で寮に宿泊。 | 附属国民学校、授業開始。 附属幼稚園、第1部、第2部の編成を廃止。 |
5月10日 | 四年生、本格的な授業開始。 | |
5月13日 | 東京近辺に在住の二年生と三年生、週三日勉学指導を受けることになる。 | |
7月1日 | 食糧事情が悪いため夏期休暇を長期化(7月1日~9月30日)。 | |
8月20日 | 女子教育研究会設立の趣旨書および規約案の書簡を発送、事務局は本校内。 | |
9月10日 | 女子教育研究会第一回総会、本校において開会。 | |
10月1日 | 一年生、授業開始。 | |
10月 | 女子大学設立希望の目的で連盟を結成する準備委員会開会。 徽音堂において演劇祭開催(のちの徽音祭)。 |
昭和22(1947)年
文部省、新学制実施方針を発表。女子大学連盟結成式。教育基本法・学校教育法公布。女子大学連盟第一回総会開会。
大学基準協会創立、大学基準を決定。帝国大学の名称を廃止、国立総合大学と改め、校名を変更。
3月:文科31名 理科(数学)26名 理科(物象)21名 理科(生物)16名 家政科(児童保健)31名 家政科(被服)18名 体育科20名
月日 | 本校 | 附属校園 |
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1月31日 | 生徒有志により自治会(生徒会)の準備委員会召集。 | |
3月12日 | 事務機構を改革。 | |
3月 | 本科第五十八回、東京女子臨時教員養成所理科・家政科・体錬科および東京特設中等教員養成所七回生卒業・修了証書授与式。 | 附属国民学校、学級編成を改組、高等科廃止。 |
4月1日 | 附属国民学校、新制の附属小学校として発足、新制の附属中学校設置。附属高等女学校、専攻科、本年入学生をもって募集打ち切り。 | |
5月9日 | 自治会規約成立。 | |
5月28日 | 自治会総会開催、東京女子高等師範学校生徒の自治会が正式発足。 | |
11月29日 | 大学設置準備協議会(間もなく大学設置準備委員会と改称)を設置し、「東京国立女子大学創設趣旨並組織」を作成。 |
昭和23(1948)年
帝銀事件、東京裁判判決 大学設置委員会、大学設置基準を答申。文部省、国立大学設置案を決定。全日本学生自治会連合(全学連)結成大会開催。
3月:文科(国漢)20名 文科(社会)12名 理科(数学)38名 理科(物理)9名 理科(化学)14名 理科(生物)14名 家政科(育児保健)35名 家政科(被服)25名 体育科17名
月日 | 本校 | 附属校園 |
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3月 | 東京女子臨時教員養成所廃止。 | |
3月31日 | 附属高等女学校廃止。 | |
4月1日 | 新制の附属高等学校設置。(附属中学校と分離。) | |
7月6日 | 補導協議会設置(のち補導委員会と改称)。 | |
10月20日 | 大学設置準備委員会、新委員選出。委員長保井コノ教授。 | |
11月 | 附属高校、ダンスコンクール開始。 |
昭和24(1949)年
下山・三鷹・松川事件、シャウプ勧告、湯川秀樹ノーベル物理学賞受賞 大学基準協会、大学院基準を決定。
3月:文科(国漢)25名 文科(社会)9名 理科(数学)26名 理科(物理)10名 理科(化学)19名 理科(生物)22名 家政科(育児保育)43名 家政科(被服)19名 体育科18名
月日 | 本校 | 附属校園 |
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3月25日 | 附属中学校の木造新校舎竣工。 | |
3月 | 保育実習科廃止。 | |
3月31日 | 文京区高田老松町一七番地の吉祥院の土地にある建物を買収、第二寄宿舎老松寮開設。 | |
4月 | 学内の大学設置準備委員会を大学開校準備委員会に切り替える。 | 附属幼稚園、3年保育を再開する。 |
5月31日 | 国立学校設置法の公布によってお茶の水女子大学設置(国立新制大学の一として東京女子高等師範学校を包括設置)。新地学部は文学部・理家政学部の二学部。 野口明、お茶の水女子大学長兼東京女子高等師範学校長に任ぜられる(~昭和28年12月)。 |
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6月8日 | お茶の水女子大学第一回入学試験(~6月12日)。 | |
7月1日 | お茶の水女子大学第一回入学式挙行。 | |
7月6日 | 大学開校準備委員会を解散し、企画委員会(評議会が設置されるまでの大学の管理運営に関する暫定的諮問機関)を設置。 | |
9月1日 | 事務分掌規程制定(のち大学事務規程に包括)。 | |
11月5日 | 東京女子高等師範学校創立七十五周年お茶の水女子大学開学記念式挙行。皇后行啓。 | |
11月 | 学内に免許法対策委員会設置。 |
昭和25(1950)年
朝鮮戦争、警察予備隊発足、金閣寺炎上 国立大学協会創立。レッド・パージ始まる。
3月:文科(国漢)23名 文科(社会)9名 理科(数学)25名 理科(物理)11名 理科(化学)13名 理科(生物)15名 家政科(育児保育)41名 家政科(被服)39名 体育科(体育)19名 体育科(音楽)8名
月日 | 本校 | 附属校園 |
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3月26日 | 第一回公開講座(免許法認定講習会)実施。 | |
3月31日 | 文学部・理家政学部の二学部から文教育学部・理学部・家政学部の三学部になる。 | |
4月1日 | 委託生規程・聴講生規程適用。文教育学部教育学科に音楽教育学専攻設置。幼稚園教員臨時養成課程設置(修業年限一年、27年度から二年)。 | |
6月 | 「お茶の水女子大学新聞」創刊。 | |
7月21日 | 幼稚園教員認定講習会開催(~9月28日)。 | |
9月 | 学生準則制定。教育指導者講習会(IFEL)実施。 | |
12月20日 | お茶の水女子大学学則・学部規程・学部履修規程施行。 |
昭和26(1951)年
児童憲章制定。対日平和条約・日米安全保障条約調印。
3月:文科(国漢)28名 文科(社会)16名 理科(数学)13名 理科(物理)15名 理科(化学)15名 理科(生物)12名
家政科(育児保育)39名 家政科(被服)22名 体育科(体育)10名 体育科(音楽)12名
月日 | 本校 | 附属校園 |
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4月1日 | 教職員通信教育部設置(33年度で完了)。研究生規程適用。 | |
7月24日 | 附属図書館利用規程施行。 | |
9月 | 教育実習委員会設置。 |
昭和27(1952)年
講和条約発効・独立 公職追放令廃止。文部大臣の諮問機関として中央教育審議会を設置。
3月:文科(国漢)11名 文科(社会)4名 理科(数学)10名 理科(物理)5名 理科(化学)9名 理科(生物)3名
家政科(育児保育)30名 家政科(被服)23名 体育科(体育)14名 体育科(音楽)8名
月日 | 本校 | 附属校園 |
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2月 | 学生大会で学生準則反対決議。 | |
3月12日 | 名誉教授に関する規程・教授等停年に関する内規施行。 | |
3月31日 | 東京女子高等師範学校廃止。 | |
4月 | 附属高等学校・中学校・小学校・幼稚園はお茶の水女子大学文教育学部附属となる。 | |
4月 | お茶の水女子大学学生自治会発足。 | |
6月1日 | 大山寮の寮生大会、寮監制廃止を決議。 | |
6月9日 | 学生大会開催、破壊活動防止法反対などでストライキ決議。 | |
6月10日 | 大学の許可なしで学生集会を開き、ストライキ宣言をする。 | |
6月18日 | 附属学校運営委員会規程施行。 | |
7月24日 | 学寮規程施行。 | |
7月 | 大学院設置案作成。 | |
8月9日 | 学生委員会規程制定、補導委員会を学生委員会と改称。 | |
9月18日 | 教授会規程施行。 | |
9月24日 | 評議会規程施行。 | |
10月1日 | 企画委員会を廃止し、評議会を設置。 | |
11月 | 附属高校、創立七十周年記念式典を挙行。 |