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HOME > インタビュー 古今和歌六帖輪読会代表者 平野由紀子先生

古今和歌六帖輪読会代表者
平野由紀子先生にお聞きしました。

―研究会(古今和歌六帖輪読会)の活動は、いつ頃始められたのですか? あとがきにも書きましたが、13年前、1999年に犬養廉先生(お茶大名誉教授)のご自宅で始めました。当初は成果を公刊するなんて思ってもいませんでした。その後、犬養先生が他界され、ご夫人も他界されて、しばらく休止した時期がありました。それから活動を再開し、三帖に入ったところで、やっぱり出版しましょうという話が出て、原稿の見直しを開始したのがちょうど2010年頃でした。

―それではお茶大E-bookサービスの構想をお話させていただいたのは、本当にいいタイミングだったんですね。そのときは、どこかの出版社に持ち込むことをお考えだったのですか? そうです。ですが、まだどこの出版社に持っていくかは具体的に決まっていませんでした。

―その後はどんなふうに作業を進めてこられたのですか? 2011年9月末に完成原稿をお渡しするという目標を決めて、原稿のブラッシュアップに取り組みました。研究会のメンバー全員が分担して執筆した原稿を、代表の5人が通読し、2011年3月末に読み合わせることになっていました。ところが3.11の地震で翌日に予定していた研究会が中止になり、あらためて今後の方針を相談しました。最初の予定より入稿が遅くなったのは、途中で震災があって研究会の開催がままならない時期があったことも一因ですが、原稿の見直しと統一をとることに予想より時間がかかったことが大きかったですね。

―どんな困難があったのでしょうか? 問題になったのは、原稿の作成ツールが一太郎とMSワードとバラバラだったこと。一太郎でしか表現できない点があったため、ワードファイルを一太郎ファイルに変換すると書式が崩れてしまって苦労しました。引用・参考文献などの約束事は凡例にまとめ、さらに凡例には書かない細かい書式の約束事にも注意して、各自が自分の原稿を見直しました。そして全員のファイルの打ち出し原稿を2人が通読し、調整後、9月に久保木哲夫先生(都留文科大学名誉教授)が原稿全体を確認して、気になる文字組を修正してくださいました。けれども、素人が手を入れるには限界があったので、最終的に図書館を通して専門業者に文字組を整えていただきました。

―当初は著者の方に完成原稿を提出していただくことを原則と考えていました。しかし実際にやってみると、日常的な日本語の文章と違って、学術図書には一般的なワープロソフトで対応できない文字組があることが分かりました。 私たちの原稿は手書きの写本の翻刻を含んでいたので、とても大変でした。なるべく国文学の慣習にそった翻字とか翻刻にしたいと思っていましたが、自分たちの工夫では、できることとできないことがあり、プロの手を借りますとおっしゃっていただいたときは、正直ほっとしました。

―同時刊行した『近世日本の儒教思想』(高島元洋、大久保紀子、長野美香著)も漢文を含む内容だったので、ルビや返り点をワープロソフトで表現することに苦労なさったようです。最初のE-bookが、このように学術図書ならではの困難を知るケースで、私たちもとても勉強になりました。 社会科学分野や理系の分野には、また別の大変さがあるでしょう。私たちの場合は、ミセケチや踊り字があったり、異文の表記があったりする写本を、そのまま判読、翻字することに苦労しました。

―普通でしたら、多少曖昧な体裁の原稿でも、出版社が組み直してくれる・・・。 いえ。そんなことはないんですよ。最近は出版社から出すときも、やはり原稿の体裁を整えて渡さなければなりません。私の知っている範囲ですが。でも、あらためて編集者の経験と知識に尊敬の念を抱きました。―なるほど。そういう点では、E-bookだからものすごくハードルが高かったわけではないんですね。

―他にE-bookで出すことの心理的な負担とか、作業的な負担というのはありましたか? 国文学関係を専門にしている出版社だと、どれだけ時間がかかっても著者が納得するまで時間をかけてよいといってもらえるけれど、そうでない出版社だと、刊行予定がいつだから校正はここまでといった〆切が大変厳しいことがあります。要するにたっぷり時間を与えてもらえない。
―今回はお茶大E-bookサービス最初の1冊だったので、ぜひ2012年3月にはスタートさせましょうと急がせてしまいました。今後は、もう少しゆとりを持って、著者の方に出版のタイミングを決めていただけるようにしたいと思います。 3月という目標があってよかったですよ。私たちもその頃には出版したいと思っていました。

―他にもご苦労はありましたか? 最初はコンピュータのことが全くわかっていませんでした。クラウドも今回初めて利用しました。会のメンバーが分担執筆した原稿を、あるメンバーがクラウド上にアップして共有できるようにしてくれた。なるほど、そういうものがあるのかと初めて知りました。
また、底本の所有者である永青文庫から利用許可がいただけるかというのも大事でしたけれど、許可申請の手続きを図書館でやっていただき、助かりました。
それから、会場や道具のこと。10数人が5、6時間集れる場所の確保が必要でしたし、原稿を複数人で通読して確認するため、プリントアウトして人数分コピーするなど、用紙やインクもかなり必要でした。こころおきなくそれらが使える環境というのは本当にありがたいものだったのだと実感しました。 ―大学という組織にいると気がつきませんが、ご自宅で研究されている方々には、さまざまなご苦労があるのですね。

―やっぱり普通の出版社、国文学関係の本を専門とする出版社から刊行したほうがよかったと思われることはありませんでしたか。専門的な出版社の宣伝力やステイタスを考えると、一般の読者や研究者の方たちに読んでもらうには、そちらの方が有効だとは思われませんでしたか? どうでしょう。確かにどこの出版社かということは、読者にとって本を選ぶ目安になることはあるでしょうね。研究会のメンバーからE-bookはどうやって宣伝するのかなという声もありましたね。でも私はオンラインで読めるE-bookは、クチコミやウェブ検索など、E-bookならではの方法で流通していくのではないかと思っていました。 ―現在、Googleで「古今和歌六帖」を検索すると、ウィキペデイアの次にお茶大E-bookサービスの『古今和歌六帖全注釈』がヒットします。

―E-bookは無料公開のため、著者の方の経済的利益にはならないのですが、その点はいかがお考えですか? すべての分野がそうではないと思いますが、国文学では印税や原稿料が支払われるケースはごく少数なんですよ。そのかわりに著者への献本があるといった感じですね。私がはじめて著書を出す時、恩師の先生は「著者は値段や部数のことに一切口を出さず、すべて出版社にまかせなさい」とおっしゃいました。
最近、出版社が本の内容をいいと思ってくれても、採算があわなくて出版に至らなかったというケースをよく耳にします。商業ベースで企画されたものは違いますが、従来から国文学関係の出版社には、利益より、何年先にも残る良書を出版することを優先するところが多く、出版を企画した研究者が「自分たちの本を出した負担で出版社が立ち行かなくなったら困る」と心配していたこともありました。出版社同様、研究者も、大学などから給与や研究費をもらっていることを前提にするからか、学術書の出版というものは経済的利益を得られなくても当り前と考えているようです。実は給与のない研究者や研究費のない非常勤講師の方が今の若手には多いのですが・・・。

―この事業を発案した前附属図書館長の近藤譲先生は、先生方が世の中に出したいと思っているけれども、なかなか引き受ける出版社とめぐり合えずに埋もれている原稿があるはずだとお考えでした。先生もそう感じられますか? そうです。だからE-bookやオン・デマンドという形で出版することに意義があると思います。ただ、どれも無償ですよね。無料で公開しているというと驚く人がいるわけです。このE-bookサービス事業には電子ジャーナルの高騰化、学術情報の寡占化といった流れに対して、私たちは小さいけれども抵抗していこうという目的もあったわけですよね。私たちは原稿料が入らなくても読んでもらえればいい、研究の成果を共有することに意義があると思っているので、そういう意味ではE-bookは本当に合致していました。ただし、従来の書籍という形態を決して否定しているわけではありません。書籍という形態がなくなってしまうのは困ると思います。書籍には書籍としてのよさがあるので、やはり大事にしたいという気持ちは一方に強くあります。 ―読んでもらえればいいとおしゃっていただける方には、ぜひ著作物の出版手段としてE-bookサービスを使っていただきたいと思います。

―E-bookならではのメリットは感じていらっしゃいますか? 全文検索ができるところ。先日、研究会のメンバーがiPadに入れた古今和歌六帖を見せてくれました。こうして読めるんだよと。あとは誤植の訂正が可能なことは嬉しいですね。―通常の出版のような在庫を抱えていないので、訂正が容易なことはメリットのひとつですね。

―博士論文の出版を考えている方へのメッセージをお願いします。 シンポジウムなどがあると、面白い研究をしている人たちは日本だけでなく、海外にもいると実感します。国内の研究者もそういう方たちの業績を読むべきだと思いますが、日本文学の分野では、まだ全然そこまでいっていない。アメリカの博士論文は、日本から注文すると、有料だけれどオン・デマンドで印刷して本にして送ってくれる仕組みがありますよね。同じように海外からも日本の研究にウェブでアクセスしてすぐに内容を見られるような状況になっていくのではないかと思います。このE-bookサービスのような形で日本文学研究の情報発信が増えていくと非常にいいですね。

―E-bookサービス公開直前には、研究会のみなさまに本当にお世話になりました。なるべく使い勝手のいいものになるようにと、休日や深夜にまでサイトの動作検証を積極的にしていただき、疑問や要望、解決方法をお知らせくださったことに感謝しています。 研究会のメンバー10人あまりがさまざまな環境で使ってみたのはよかったですね。私たちの研究会では比較的ITに強いメンバーが、こうすればこうなる、ということを迅速にフォローしてくれました。 ―サービスを提供するとき、さまざまな環境で検証するというのは、大切なのについ忘れがちです。今回は多数の方が検証に協力してくださったおかげで、PDFビューワーやブラウザによる見え方の違いが確認でき、読者の方が読みやすいように設定を修正することができました。また、利用者の目線で、要望点や分かりにくいところを確認でき、利用にあたっての説明を充実させることができました。

―また、今回の経験を通じて、原稿をWeb上に公開できる状態まで著者の手で仕上げるのが難しいケースがあることが、私たちもよく分かりました。今後は著者の方が、こうしたいけれどご自身ではできないと思う点について、おひとりで悩まれないよう、お話をよく聞いて、一緒に解決していく体制をつくろうと思います。 いいですね。メールでのやりとりでなく、面談して一緒に解決するというのもとてもいいと思います。以前、お茶の水学術事業会のスタッフに「私たちは学問に真摯に向き合っている人の側にいて、お手伝いしたいと思っているんです」と言われたことがありますが、図書館の方たちの対応も気持ちがよかったし、励まされました。これからもよろしくお願いします。

―ところで「古今和歌六帖」という作品は、「源氏物語」「枕草子」など平安朝文学への引用が多いにも関わらず、これまで全注釈がありませんでした。 今でいう2冊分くらいの注釈が近世にできましたが、全注釈は編まれたことがありません。今回、1000年の間で初めて刊行されたわけです。 ―1000年で初めて。 私は私家集をはじめとする平安文学を研究していますが、貴族や大名家が秘蔵してきた資料が公開されるようになったのは、民主主義の世の中になってからのことです。書陵部や冷泉家の本なんて秘庫だったわけですから。近世の国学者などは、とても苦労したと思います。私の先生の時代でも、学者の紹介状があって初めて、見せていただけたくらい研究のチャンスは限られたものでした。それが内閣文庫などは、私が大学院生の頃は紹介状があれば見られるようになった。複製本が刊行され、国文学研究資料館には写真版をそろえ、今のような研究環境になったのはここ50年くらいのことです。
―1000年経った今、「古今和歌六帖」をE-bookの『全注釈』とともに世界中の人が読めるようになった。それは、大切に資料を守ってきた人、年月を経ても読み解ける人、流通のための環境が整っていること、そういった積み重ねのおかげなんですね。お話を聞いて、図書館にある1冊1冊の蔵書の大切さを、以前に増して感じました。 平安時代の文学は、誕生から1000年も経っているのだから、もう研究され尽くされているだろうというのは大きな誤解です。近代の普通教育、機会平等の世の中になったからこそ、貴族でない私たちも資料を目にして研究ができるようになった。そして、どのようにこの古典が伝わってきたかという研究もこの頃はずいぶんとされるようになってきましたが、それも今の時代だからこそできることなんです。 ―『全注釈』のような基礎文献が整うと、今後の研究がまた進みそうですね。 ええ、私もそう思います。

―今後はE-bookの『古今和歌六帖全注釈』を、大学や高校の授業でも活用していただけたらいいなと思っています。 おもしろいですね。Webにアクセスできればどこででも勉強できる時代なので、研究会のメンバーを通じて学生さんなど若い人にも紹介していきたいですね。

―第二帖の進捗はいかがですか? 隔月で研究会を行っているので、来年の今頃に原稿があがる予定です。そこから、半年ほど見直し、点検をすれば2014年の3月頃に出版できるのではないかと考えています。一帖をまとめる過程でフォーマットが決まったので、二帖以降は楽になりました。原稿のブラッシュアップと並行して次の帖の注釈も進めることで、今後は2年に1冊のペースで出版していけたらと思っています。ぜひ12年後に全巻完結の宴(うたげ)を開きましょう。もうちょっとスピードアップするかもしれませんが、最大で12年後。

―今、図書館のサービスは、全般的にすばやく結果を出していくことが求められています。それは当然のことですが、一方でこういう息の長い取り組みもサポートしていけたらいいなと思っています。ありがとうございました。

この原稿は、2012年9月24日の平野由紀子先生へのインタビューをもとに、許諾を得て再構成したものです。
公開日:2012/11/28


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